ZEUS

電子を用いて陽子の内部構造を探る


北ドイツのハンブルク市にあるドイツ電子シンクロトロン研究所に設置された世界で唯一の(陽)電子・陽子衝突型加速器HERA(図1)を用いて、レプトンとクォーク間の相互作用を精密測定するZEUS実験(図2)を行っています。HERAは陽子を920GeV、電子を27.5GeVまで加速する周長およそ6kmの円形リングで、重心エネルギーは318GeVになり、かつてない極微の分解能で陽子の内部を「見る」ことができます。
ZEUS実験は世界14ヶ国からおよそ450人が参加する国際共同実験で、日本からは、KEK、東京大学、東京工業大学、首都大学東京、明治学院大学が参加しています。

図1 : ドイツ電子シンクロトロン研究所の航空写真
図1 : ドイツ電子シンクロトロン研究所の航空写真
図2 : ZEUS実験測定器とメンバー
図2 : ZEUS実験測定器とメンバー

陽子は三つのクォークが静かに鎮座しているのではなく、それらの間にはグルーオンが絶えず交換され、そのグルーオンがクォーク・反クォーク対を生成し、そのクォークがさらにグルーオンを放射しては反クォークと出会い消滅し、といった非常にダイナミックな構造を持っています。このような陽子の動的描像は、素粒子標準理論の中核をなす量子色力学(QCD)によって記述され、これまで非常に広範囲の運動学領域において精密検証がされてきました(図3)。
また、HERAの高い重心エネルギーによって電子と陽子の間には光子だけでなく弱い相互作用を媒介するWボソンやZボソンも交換され、交換されるボソンの質量が高い領域において中性流深非弾性散乱(電磁相互作用+弱い相互作用)と荷電流深非弾性散乱(純粋な弱い相互作用)が同程度の断面積を持つことを確かめ、電弱相互作用の統一を明確に示しました(図4)。
また、HERAでの電弱相互作用の研究はtime-likeであり、他の衝突型加速器(LEP,TEVATRON)がspace-likeなため、この研究は相補的なものとなっています。他にも、クォークとレプトンの対に直接結合するレプトクォークなどの新粒子の探索や、散乱されたクォークと陽子の残物との間に大きなラビディティー間隙のできる回折反応の研究が行われています。

図3 : 陽子構造関数F2と摂動論的QCDによる記述
図3 : 陽子構造関数F2と摂動論的QCDによる記述
図4 : 交換されるボソンの質量(Q2)による断面積の依存性。
図4 : 交換されるボソンの質量(Q2)による断面積の依存性。青が中性流深非弾性散乱(NC)で、赤が荷電流深非弾性散乱(CC)です。

HERAは2000年から加速器のアップグレードを行い、それ以前に比べ高輝度(高いルミノシティー)での電子陽子衝突を可能とし、さらに電子スピンを衝突点において進行方向に偏極させることにより、電弱相互作用のさらなる精密検証を行う予定です(HERA-II)。
我々都立大グループは、HERA−IIにおける電弱相互作用の研究に特に注目し、電子偏極度の精密測定を実現するために電子偏極度測定装置の改良を行ってきました。また、物理解析においては、荷電流反応断面積の電子偏極度依存性(図5、暫定結果)の測定に貢献しました。素粒子標準理論においては、弱い相互作用は左巻きにしか存在しないため、電子・陽子衝突の際は電子偏極度P=+1、陽電子・陽子衝突の際はP=-1において断面積が0となることが予想されており、そのことを直接検証しました。
現在は、中性流深非弾性散乱を用いた(特に高いQ2の領域における)陽子構造関数のさらなる精密測定、電子陽子衝突の終状態において複数のレプトンが発生する事象を選び出し標準理論では説明できない現象を探る、などの解析を行っています。

図5 : 青が陽電子・陽子、赤が電子・陽子衝突による荷電流反応断面積の電子偏極度依存性。
図5 : 青が陽電子・陽子、赤が電子・陽子衝突による荷電流反応断面積の電子偏極度依存性。

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